日大アメフトの報道を見ながら、物思ふ。

世の耳目を集めるニュースで、その映像が流れるたびにチャンネルを変えてしまいたくなることがあります。動物や子供の虐待などはその典型ですが、最近では今どの番組でも取り上げている「日大アメフト」問題、この発端となったタックルの映像やその後の控室の写真などは、本当に見るに耐えないというか、気の毒というか、怒りが湧くというか…。

 

この事件の根幹は当然、監督、コーチの指示があったか否か。あった場合、その指示が明瞭な意思(怪我をさせろという)を持って伝達されたものか否か。そして最終的には受け取り方の問題やまたは発言自体をしていないという水掛け論になる。

そりゃね、すべての発言にログが残せるわけでもなく、「言った。言わない。」の話になれば、そこに居合わせない我々や報道が、“真実”の客観的な把握なんてできるわけがない。

でもね、きっと学生さんと、監督・コーチの記者会見の両者を観た人達はどっちがホントでどっちが嘘ついているか、直感的に感じてると思うんだよねぇ。そしてその直感って意外と正しかったりすることのほうが多いんじゃないかな、なんて思いながらニュースを見てました。

 

100%の悪意と俳優並の芝居センスを持って記者会見に望まれたら、そりゃ直感が合ってるか自信ない。けど、そうでなければ客観的な資料とか裏付けとか証言とかそういう証拠固めとは別次元で、こっちがきっとホントなんだろうなぁって感じるし、“真実”はそこはかとなく傍観しているそれぞれの心の中に作られる。それは結構合ってる。

 

ここのところ、証拠を隠蔽したり、破棄したりする官僚/政治家のネタが非常に多いですが、その答弁や回答を見て最初から信用できるような心証を得なかったもんな。

 

人間も動物である以上、こういう直感は備わっていて然るべきだと思うし、ある程度はその判断を信じてもいいんじゃないかなと思いました。もちろん、その主観を人に押し付けたり、すべてをそれで判断していいとか、そういう幼稚なことを言っているのではありませんので、誤解なきよう。

 

とにかく、あの選手の記者会見には“真実”を感じたけど、監督、コーチの会見には“真実”を感じなかったなぁ。選手たちが、コーチ陣の全員退陣を要求した、なんて報道も拝見しました。いいんじゃないですかね。理不尽なことに抗戦するのは、昔はできなかったけど、今はもうそういう時代ではないから。彼だけでなく、周りの選手も同調する動きがある以上は、これはもう“真実”のありかは、言わずもがなな気がします。

 

将来を嘱望されたあの子。もう一回アメフトやってほしいなぁ。関西学院の被害者も理解してくれるのではないかと思いますけどね。

 

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