ストラップの長さが…。

長くなっています(笑)。

 

振り返ってみると、若いころはジャンルによってその長さを変えていたストラップ。パンクっぽいヤツでピックでガシガシ弾けていたころは比較的低め。ちょっと小難しいことをやらなければいけないときは比較高めにしており、ここしばらくは普通よりは若干高め程度でずっと演奏していました。

 

ところがここにきて俄然ストラップは低めになってきています。もちろん低いと言ってもロックのそれほどではなく、普通より低め程度。ベルトのバックルがボディの上部に当たるぐらいの長さです。以前はバックルがボディの下部に当たるか当たらないか程度だったので、多分20儖幣紊浪爾っているかも。

 

これね、ベースを構える位置を下げた理由があるんです。それは肉体的な問題。以前、ここでも書きましたが、テニス肘が悪化しており日常生活でも結構苦慮しております。重いものを持つのがつらいし、机のコーヒーカップを持ちあげても痛い。それをかばっていたせいか、今度は方に痛みがあり、注射打ったり、痛み止め飲んだりしてます。肘を曲げる動作が負担になっているんですね。ご存知かもしれませんが、テニス肘の治療において有効と言われているのは手を伸ばして、手首を掌の方で押し込むストレッチ。つまりは極力伸ばしてあげたほうが良いのです。

 

毎朝、相変わらず僅かな時間でもベースに触れるようにしていますが、以前は座って弾いていたんです。そうするとね、弾き終わった後に肘や肩に違和感が残ることが多いし、やっぱり肘を曲げることが少し窮屈に感じるんですよね。なので、試しに立ってストラップを伸ばして演奏してみました。するとね、ちょっとラク。右手が伸びて前よりは負担が軽い気がする。もともと手は長い方だし、左手の不自由さはすこしあるものの、背に腹は替えられない…。

 

しかも立って弾く習慣がつくと、座って弾くよりは全然ノレる。やっぱりビートを取ながら弾くには体は極力解放したほうがいい。座るよりは立つ方が音楽を体全体で感じられるんですね。織原君も家で練習する時は立って弾くって言ってました。理由は違うのかも知れませんが、なるほどなぁと感じています。

 

それにうちのオーディオスピーカーはDJ用に合わせてあって、立位でちょうどモニターし易い高さなんです。アンプからの距離は離れますが(アンプは床に置いているので)、音を聴くと意味では立っている方がより集中しやすい。その結果がノレるということなのかもしれません。

 

ガラスに映る自分の姿を見て、もうちょっと下げてもまだいけるかなと思っています。ジャズ系のエレベ弾きでも低めに構えている人もいますし、それはそれでかっこいい(笑)。あと私は多弦ベースを弾くわけでもないので、しばらくは若干低めが定番になりそうです。

 

まずは肘を治すためには弾かない方がいいに決まってますけど、弾かないとやることがなくなっちゃうから、ある意味苦肉の策でしたが、怪我の功名かもっと思っております(笑)。

 

p.s

買ったばかりのTシャツの下の方が痛む理由が最初は全然わからなくて、不良品を買ってしまったのだ思っていましたが、複数枚同じように痛むのを見て、初めてストラップを低くしたせいだと気が付きました。バックルとベースの間に挟まって擦れるので、生地がつぶれるんですね…。これって「ストラップ低い人あるある」なのかな(笑)?

 

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チョーキングという奏法。

私にとってほぼ無縁だった奏法、チョーキング。皆さんは多用されますかね?

 

一般的にバッキングしたり、ボトムを支える上ではそう必要のない奏法だし、半音なり1音下から、チョーキングするぞー!って思わないとできない(笑)。それにやっぱりギターと違って、弦が太い分、力が要りますしね。いままではハイポジションでフレットの足りない時に使うぐらいでした。ソロでもベースの場合は比較的スライド的なヴィブラ―トが気持ちいいこともあり、どっちかっていうとそっちを使う人が多いのではないかしら。

 

ところがね、最近、とても好きなんです、チョーキング。やっぱりソロなどを弾く時には、気持ちが入り易いし、弾いてる感がハンパない(笑)。また単純に観ててかっこいーなーと思いましてね。左手にグッと力入れて、ネックを持ちあげる仕草は、見慣れたギターのそれよりも、大きく見えるし、何より一生懸命さが伝わってきます。

 

またベースならではと思うのは低音弦での下方向へのチョーキング。あれはあれで、やっぱりベースという比較的ポルタメント感がない楽器においては新鮮だし、アクセントやインパクトにはなる。

 

なので、慣れるまであえて使ってみようと思っています。いろんなフレーズをマルっと覚えてしまうほうが早いかもしれませんね。左手の指も整理してあげないといけないし。今はまだ、前述のように、チョーキングするぞー!って思ってからやってますから、全然歌ってもないし、サウンドしているとは思えないけど、自然な流れの中で使えるようになれば、表現としての幅は広がるわけで、気長に取り組みたいと思っています。

 

ただなぁ、やっぱり指がまだ痛いし無理すると治りが悪くなるので、ほんとに進歩が遅い。まずは、意識の部分だけでも先行して刷り込めるようにしていこうと思います。

 

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目で見て弾くか、目を閉じて弾くか。

相変わらず指は痛いし、最近は右手肘の通称“テニス肘”が悪化し、2回目の注射は全然効かない状態です。ベースを弾くことはそういう症状には良くは無いようで、2か月でも3か月でも弾かないで安静にしてぴたほうがいいそうです。が、やっぱり他に趣味もないし、弾いていしまいます。まぁ、独りでポツポツと弾いていることが多いのですが、それがストレス発散にもなってでしょうし、やっぱり楽しいんでね。

 

ということで、家ではもっぱらyoutubeかCDに合わせて適当に弾いているのですが、その時にね、目をつぶって弾くか、目で見ながら弾くか、で全然グルーヴやソロのメロディは違うんですよね。

 

目で追いながら弾いているときは、どこか弾いてやろう!的なよこしまな気持ちや間違いを恐れ置きに行く気持ちがあって、お世辞にも良いプレイが出来ているとは言い難いんす。周りの音を弾くことにも集中できてないしね。

 

それが目を閉じて、そして弾く音を歌いながらにして弾き始めると、そこからガラリと感覚が変わるんですよね。とても音楽的になる気がします。歌いながら弾くフレーズは当然自分の中にあるものだし、そういう意味では決して新鮮味があったり突拍子もないもの、弾いてやろう的なフレーズは出てきません。それに目もつぶっちゃってるから、ポジションも間違えたりします。でもね、やっぱり音楽的だと思うし、本来、器楽演奏とはこういう感覚のものなんだろうって感じられるんですよね。

 

昔も似たようなことは書いたし、みなさんにとっては当たり前の事だとは思いますが、まだまだ私自身の中では当たり前の動作、感覚になってないんで、そこを意識することがとても楽しく、また勉強になります。純粋に“話せる言葉”を増やしたいな、という気持ちにもなります。

 

目で指板を追う演奏は、スケール的になりがちだし、できないことをやってしまおうとする感覚が強いので、最近は目をつぶって歌いましょ、ということを意識しています。

 

とはいえ、譜面見ながらとかは当然できないので、ある程度進行が読めるとか、暗譜している曲に限られてしまうのですが…。プロってそれをしながら、演奏にも情緒があるわけで、さすがだなぁと思います。

 

部屋で一人で歌いながら弾いているのを、嫁はついに私が気がふれたか?と思っているでしょうね(笑)。ま、いいや。

 

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