霜柱、見てないなぁ・・・というこの時期の雑感

年が明けて、2週間。寒い日が続きますね。一昨日は東京でも珍しく大量の降雪。近所の子供は元気に雪だるまを作っておりました。東京ではなかなか体験できないことなので、本当に楽しそうでしたよ。ってなわけで、最近思ったことなどをつらつらと・・・。

■年明け早々の先週月曜日頃から具合が悪く、火曜日にはこれは結構ひどい風邪を引いてしまったと思い近所の医者にいったところ、インフルエンザでした・・・。医者にいくまで熱を測ってなかったのですが、38度オーバー。いや、普段平熱が低いので、逆にこのぐらいの熱になると気がつかないという(笑)。しかし、あのインフルエンザの判定検査は痛いっすね。鼻の奥に細い綿棒的なものをぐいぐい突っ込まれるヤツ。キーンって痛みが走りますよ。医者も慣れたもんで遠慮ないしね(笑)。検査結果は割りとすぐに分かって、A型だと。それがそもそもどうものかはまったく分かりませんが、とりあえず出勤停止と薬の山。あとは寝たきり。もうね、ずっと寝てると腰が痛い。それと発熱の関節痛みたいなことと、咳と鼻水と下痢。一気に年取ったような気がしました。寝てるだけでも結構疲れるもんです。
のんびりできれば、治りも早いのでしょうが、メールやらなんやらを返したり、精神衛生上非常に良くないメールがきたりと、肉体的にも精神的にしんどい年初めでした・・・。
皆さんもインフルエンザ、気をつけてくださいね。私の周りはリレー形式で罹患の輪が広がっております(笑)。

■最近、我が家に餌をもらいに来る野良ニャンコがおります。多分、今までは近所で誰かからご飯をもらっていたのだと思うのですが、お正月あたりにずっと近所の飲食店ちかくで、じっと待っている姿を見かけ、お店がお休みでひょっとして何も食べてないんじゃないかと思い、わずかばかりのご飯をあげたのがきっかけ。それ以来、うちの前に来て待つことが習慣となりました。灰色っぽい毛で目やにとかもひどいんだけど、毛足は長くペルシャ猫風。少しかすれた声でニャーといいながら、近づいてきます。うちにはワンコもおりますが、気にする風もなく、警戒心もあまりないようです。
もともと嫁のうちではペルシャ猫を飼っていたことがあり、その猫の面影を嫁は感じているようで、夜になると玄関を開け、近所にその子がいないかを確かめるようになりました。情が移ってしまったんでしょうね。私は動物に優しいことは本当にいいことだと思っています。誰かを思いやる気持ち、特に弱者を面倒見てあげる気持ちは人として欠いてはいけない情感のひとつだと思っています。いろいろと欠点の多い嫁ですが(ま、私も人のことは言えませんがw)、そんな姿を見ていると、この人はいい人だなぁ、と改めて思ったりします。

■今年のお正月は、よく家でベースを弾きました。主に弾いたのは64PB。ラベラのフラットを張ってあるのですが、これが馴染んできて本当にいい塩梅。程よいオールドスクール感が出つつも、モコモコにはならない。フラットならではのクリスピーさもあるんですよね。
64JBととっかえひっかえしながら、ひとつ思うことがありました。それはPBとJBでは弾くときの心持が無意識のうちに大きく異なるということ。JBを弾くときは、ある種、演奏や奏法を突き詰めようとする=追求の姿勢が強いのですが、PBを弾いているときはむしろ逆で、余計なことをそぎ落とし、必要と思うことだけをシンプルに、そしてリラックスしている=解放という感情に近い。もちろん、張ってある弦のカラーも影響しているとは思うのですが、どうやら私の中ではそういう棲み分けになっているようだ、と最近自覚しました。実際、同じ曲を弾いても全然アプローチ変ってきますもんね。PBのフラット弦仕様は1音で十分な説得力がある。管楽器のロングトーンにも近い印象です。
どっちがいいという話ではなく、やはり両方ともが私にとって必要な機材なんだなと改めて思った次第です。その他、フレットレス、コッポロ、サド、62JB、全部弾きましたが、問題もなく、絶好調。ベースに関しては本当に必要充分ですね。ありがたいことです。

■イギリスのHMVが経営破たんし、再建を断念したとか。現在も200店舗以上をイギリスとアイルランドで展開しているようですが、ニュースによると管財人を選定して、新たな売却先を探すとか。働いている人にとっては不安な日々ですね。
もう日本以外の国では、CDというメディアは役割を終えているのかも知れません。しかし、日本においても、売上を牽引している新譜などは、握手権のオマケと化していたりしますけどね。思えば、90年代初頭、CDショップがその規模を競っていた時代に隆盛を誇ったタワー、HMV、ヴァージンなどの外資系はすべて、その本国において消滅してしまったことになります。日本においては、HMVもタワーもすでにMBOしているので、特に影響はないようですが、何とも寂しい話です。
私は音楽を聴く上で、それがデータでもCDでもそうは気にならないほうです(レコードは音質的に別格ね)。ただ、データだけを買う時代になったら、作品としてどこまで思い出に残るか、愛せるかは少し疑問だったりします。お小遣いを節約して、やっと購入したジャケットを手に取る喜びも、アーティスト本人や有識者の有用な情報が詰ったライナーノーツを読む喜びも、その作品を聞くことで蘇ったりしますしね。もちろんこれから先、この時代をスタンダードとした音楽の愛し方を、若者はするわけで、それが間違ってるなんていうつもりもサラサラありません。ただ、その時代を知るものにとっては寂寥感があることは否めないかな。音楽には世界観が必要で、音楽自体もその世界観を構成するone of themでしかない、なんて思うのは年寄りの偏屈ですかね。

■今年は色んな環境を大きく変えたいと思っています。1年の計は元旦にあり。すでに元旦でもなんでもありませんが、その心持を忘れることなく、目的を持った動きをしていこうと思います。ま、本音をいうと心から落ち着きたいんですよ。そのために必要な準備をしていかないと、ってことですかね。その代償としての不安定、混乱はあえて受け入れていかないと。そして、それに負けないハートの強さも手に入れないと・・・。がんばります。